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逆転写とは

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逆転写とは

RNA(リボ核酸)からDNA(デオキシリボ核酸)を合成することを逆転写と呼びます。生物の遺伝情報を担うDNAの塩基配列は、最終的にアミノ酸配列へと変換され、生物を構成するタンパク質となります。この変換にはRNAという物質が介在し、「DNA→RNA→タンパク質」という流れで進みます。ジェームス・ワトソン(James Watson)とともにDNAの構造を明らかにしたフランシス・クリック(Francis Crick)は、1958年にこの生物の根幹をなす「DNA→RNA→タンパク質」の原則をセントラルドグマとして提唱しました。DNAからRNAが作られることを「転写」、RNAからタンパク質が作られることを「翻訳」と呼び、当初このセントラルドグマの流れは、あらゆる生物において一方向にしか進まない不可逆的なものとして考えられていました。この考えを打ち破ったのが「逆転写」の発見でした。

逆転写の発見につながるウイルス研究の黎明

逆転写の反応はウイルスの研究により見つかりました。病気の原因は細菌であると考えられていた時代に、それに該当しない病気が発見されました。マルティヌス・ウィレム・バイエルリンク(Martinus Willem Beijerinck)は1898年、タバコモザイク病に感染したタバコの葉を絞った液が、細菌ろ過器を通した後も健康なタバコに病気を起こすことを報告しました。さらに、そこに含まれていると考えられた病原は生きた植物の細胞中のみで増殖することも見出します。これらの発見から従来の細菌とは異なる病原として「伝染性毒液」という概念を考えだし、ウイルスと名付けました。同年に、フリードリヒ・レフレル(Friedrich Loeffler)とポール・フロッシュ(Paul Frosch)はウシの口蹄疫の原因も、タバコモザイク病と同様に細菌ろ過器を通過する病原体であることを明らかにします。動物に感染するウイルスの最初の発見でした。

その後の研究でさまざまなウイルスが発見され、細菌とは異なるその特徴が明らかになってきました。

<ウイルスの特徴>
・ウイルスは大きさが30〜300nmと非常に小さい。
・自身では増殖することができず、生きている細胞を宿主とすることで増殖する。
・DNAまたはRNAといった核酸を中心部に持ち、その周囲をタンパク質の殻で覆われた構造をしている。
・DNAを持つウイルスがDNAウイルス、RNAを持つウイルスがRNAウイルスに分類される。

※マルティヌス・ウィレム・バイエルリンクについては下記参考あり

RNAウイルスから見つかった逆転写反応

1911年、ペイトン・ラウス(Peyton Rous)は、ニワトリのがん細胞をすりつぶしたろ過液を正常なニワトリに注射することで、がんを起こすことに成功します。このときのろ過液に含まれていたウイルスはラウス肉腫ウイルスと呼ばれ、がんとウイルスの関係を調べる研究素材として使われるようになります。後にこのウイルスの大部分はRNAウイルスであることがわかります。

1960年代前半、ハワード・マーティン・テミン(Howard Martin Temin)はラウス肉腫ウイルスの増殖がアクチノマイシンDという薬剤により抑制されることを報告しました。この薬剤は、DNAからRNAを合成する転写反応を阻害する効果を持っています。当時の常識から考えるとRNAを遺伝情報とするRNAウイルスは転写の必要がないと予想されました。しかし、実際には増殖が阻害された結果から、このウイルスのRNAは一度DNAに変化し、その後またDNAからRNAに転写されるという仮説が考えられました。この仮説はセントラルドグマの考えと反していたため、当初は学会発表しても全く受け入れられなかったと言われています。

しかし、1970年、テミンは水谷哲とともにラウス肉腫ウイルスを用いてRNAをもとにDNAを作る酵素、逆転写酵素を発見することでこの仮説を裏付けることに成功しました。同年にデビッド・ボルティモア(David Baltimore)がラウス白血病ウイルスからも同様に逆転写酵素を発見します。これらにより、ついにセントラルドグマは不可逆であるという常識が打ち破られたのです。テミンとボルティモアは逆転写酵素の発見により、1975年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。また、逆転写酵素の発見以降、ラウス肉腫ウイルスやラウス白血病ウイルスのように逆転写酵素を持つウイルスのことをReverse Transcriptase containing Oncogenic Virusの略称としてレトロウイルスと呼ぶようになります。エイズ(後天性免疫不全症候群:Acquired Immunodeficiency Syndrome; AIDS)を引き起こすHIV(ヒト免疫不全ウイルス:Human Immunodeficiency Virus)もこのレトロウイルスの1つです。

※ハワード・マーティン・テミン、デビッド・ボルティモアについては下記参考あり

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逆転写酵素の発見による分子生物学の発展

RNAからDNAをつくることができる逆転写酵素の発見は、研究のツールとしても分子生物学の発展に影響を与えます。生物が持つDNA上の遺伝子は常にその全てが利用されている(発現している)わけではありません。必要なときに必要な量のタンパク質が遺伝子のDNA情報から作られるように制御されています。そのため、ある遺伝子の発現量を知りたい場合には、その遺伝子から作られるタンパク質の合成量を調べることがよく行われています。タンパク質の合成量は転写段階、つまりDNAからRNAが作られる際に制御されることが多いとされています。タンパク質合成に向けて情報を運ぶRNAであるmRNA(messenger RNA)の量を調べることでタンパク質の合成量を推測することができるのです。

しかしながらRNAは分解されやすく、絶対量も少ないため、量を調べることは容易ではありません。そこで高感度にmRNA量を調べる方法として考案されたのが、逆転写酵素を使ったRT-PCR(reverse transcription-polymerase chain reaction)法です。この方法では、抽出したRNAに対して逆転写酵素を用いて、RNAに相補的なDNA断片(cDNA:complementary DNA)を作り出します。次に、DNAを増幅するPCR法によってcDNAを検出可能な量まで増幅させます。このPCR産物の量を測定することで、細胞内にどのくらいのRNA量があったのか推測でき、ここから遺伝子の発現量=タンパク質の合成量を推定することが可能になったのです。RT−PCR法は感度が非常に高いことが特徴で、数コピーのmRNAがあれば検出できるとされています。RNA量の測定方法として従来からあったノーザンブロット法では100万〜1000万コピーのmRNAが必要とされる中、その検出感度は格段に向上しました。

逆転写酵素によってmRNAからcDNAを合成する方法は1990年代後半に登場した新たな解析技術とも組み合わされます。1つ目の技術がリアルタイムPCRです。これまでのPCR法では最終的に増幅された産物の量しか分かりませんでした。そのため、増幅前の量について正確に知ることが難しいという課題がありました。リアルタイムPCRは増幅中のDNA量も調べることができます。そのため、元のcDNA量を正確に推定することが可能となったのです。このリアルタイムPCRと逆転写反応を組み合わせることで、研究者はcDNAの量、つまりはmRNA量を正確に推測することができるようになり、遺伝子発現についてより正確に調べることが可能になりました。

もう1つの技術が一度に数百万種類の遺伝子の発現を調べることができるマイクロアレイです。あるサンプルから抽出したmRNAからcDNAを合成し、マイクロアレイで解析することで、そのサンプル内で発現していた遺伝子を網羅的に調べることが可能になりました。これにより、単独の遺伝子だけでなく、遺伝子間の相互作用の研究が急速に進むことになります。

細胞の老化を防ぐ逆転写

レトロウイルスから発見された逆転写酵素ですが、その後、ヒトを含む多くの生物からも発見されることになります。そのうちの1つが細胞の老化に関わるとされるテロメアというDNA配列を合成するテロメラーゼです。

生物の細胞は基本的に無限に細胞分裂できるわけではなく、分裂できる回数に限界があります。1961年、レナード・ヘイフリック(Leonard Hayflick)は中絶された胎児から得た細胞が約50回分裂した後、分裂を止めてしまうことを報告しました。さらに、加齢に伴い細胞の分裂回数が減少することも見出します。このような培養細胞の分裂回数に生じる制限はヘイフリック限界と呼ばれます。

この現象が生じる原因の1つとして知られているのがテロメアの短縮です。テロメアは染色体のDNAの末端部分に存在するTTAGGGという決まった塩基配列の繰り返しで構成され、染色体構造を安定化させる役割を持っています。このテロメアは細胞分裂の度に短くなっていきます。その短縮がある限界に達すると、染色体の構造に影響を与えたり、テロメア配列の内側にあるDNA配列が削れてしまったりすることで、細胞はそれ以上分裂できなくなってしまいます。

一方でテロメアの短縮が起こらず、細胞分裂を何度でも繰り返すことができる細胞もあります。それは、生殖細胞とがん細胞です。研究によりこれらの細胞では短縮したテロメアを修復するテロメラーゼが働いていることが分かりました。テロメラーゼはRNAを鋳型としてDNA配列を合成する逆転写反応を行い、テロメアを安定に維持します。この逆転写反応により、細胞分裂を繰り返すことができるのです。

生殖細胞におけるテロメラーゼは、私たちが子孫を残していく上で重要な役割を担っています。一方で、がん細胞におけるテロメラーゼはがん細胞が増殖を繰り返す原因の1つと考えられています。現在、がん細胞のテロメラーゼを阻害するという発想の治療方法の研究が進められています。

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まとめ

ニワトリのがん細胞に由来するウイルスから発見された逆転写。それは、生物の普遍の原則とされていたセントラルドグマの常識を覆すことにつながりました。そして、その発見は分子生物学の発展に貢献し、医学分野でも重要な研究テーマの1つとなっています。逆転写に関連する研究は、現在も世界中の研究室で進められているのです。

記事執筆:吉田拓実(東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程修了 博士(農学)/ 再考編集室 編集記者 / さいこうファーム 農場長)

リケラボ編集部

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