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「DNAに刻まれた遺伝情報がmRNAへと転写され、タンパク質へと適切に変換されることで生命が形作られる。」この生命の大原則とも言えるセントラルドグマについて、前回までにご紹介してきましたが、今世紀に入ってから、このセントラルドグマの流れに干渉するRNA分子が細胞内に存在することが分かってきました。この発見をきっかけに、このRNAによる遺伝情報発現の干渉を人為的に引き起こし、細胞さらには生命の運命を操作するRNA干渉(RNA interfering、RNAi)と呼ばれる技術が開発されました。2006年のノーベル医学・生理学賞を受賞し、現在では生命科学研究や医療応用もされているRNA干渉について、概説します。
RNA干渉は、細胞内で行われる特定の遺伝子の発現を調節する仕組みの1つで、特定の遺伝子の発現を抑えるはたらきがあります。RNA干渉は、細胞内で作られた特定の塩基配列をもった1本鎖RNA(siRNA)により引き起こされます。この1本鎖のsiRNA(small interfering RNA)が、標的となるmRNAに配列特異的に結合(アニール)することで、そのmRNAがコードする遺伝子の発現が干渉されます。結果として、RNA干渉により、標的mRNAがコードするタンパク質の産生量が減少し、そのタンパク質が関わる細胞の機能が抑制されます。
この実験系の重要な特徴として、この”抑制”状態に触れておきたいと思います。遺伝子の機能を明らかにするには、何等かの方法で対象とする遺伝子を欠損した状態を作り、細胞、個体や組織の状態(表現型)を解析することが主流でした。ところが、遺伝子よっては、欠損が引き起こされると、そもそも生物として機能することができなくなり、欠損株の作成すらままならない遺伝子があると考えられています。このような場合、欠損させる方法では遺伝子の機能を細胞内や生体内で解析することができないので、”抑制されている状態”=”完全になくなっているわけではない状態”を作り出すことができれば、表現型を解析することで遺伝子の機能を推定する事ができます。また、発生経時的に”抑制”を起こすことで、発生生物学の分野でも重要な知見が得られると期待されています。
RNA干渉による標的遺伝子の発現抑制をステップごとに見ていきましょう。
1. 2本鎖RNA(dsRNA)の生成:
RNA干渉は、細胞内に存在する2本鎖のdsRNA(double strand RNA)をきっかけとして生じます。dsRNAは、主に細胞外から導入されます。
2. DICERによるdsRNAの切断:
DICERと呼ばれるRNA分解酵素によって、2本鎖のdsRNAが切断され、21-23塩基対の短いRNAの断片が作られます。
3. siRNAのRISC複合体への取り込み:
dsRNAの断片から、21-25塩基対の1本鎖RNA(siRNA)がRISC複合体に取り込まれます。このうち、標的となるmRNAの一部分と相補的な塩基配列をもつ1本鎖RNAをsiRNAまたはガイドRNAと呼びます。siRNAがRISC複合体に取り込まれます。
4. RISC複合体内でのsiRNAと標的mRNAの結合:
RISC複合体内にmRNAが取り込まれる。mRNAがsiRNAと相補的な21-25塩基の配列をもつ場合には、siRNAとmRNAがアニールし、mRNA中に2本鎖部位が形成されます。
5. 標的mRNAの遺伝子発現を抑制:
siRNAがmRNAと2本鎖を形成することで、mRNAにコードされた遺伝子の発現が阻害されます。siRNA-mRNAの2本鎖構造が遺伝子発現を阻害する仕組みとして、主に次の2つが知られています。①2本鎖部位でmRNAが切断される;②mRNA中の2本鎖部位が翻訳反応を阻害する。
RNA干渉は、哺乳動物の細胞にもともと備わった仕組みであり、遺伝子の発現調節やウイルス感染への防御など多くの生物学的プロセスで重要な役割を果たします。一方で、生命科学研究や医学の分野では、任意の塩基配列をもつsiRNAを人工的に合成して細胞内に導入することで、人為的にRNA干渉を起こすことがきるようになり、目的の遺伝子/タンパク質の機能解析や疾患治療のアプローチとして活用されています。次の項では、このRNA干渉の応用技術について焦点を当てていきます。
*監修
パーソルテンプスタッフ株式会社
研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)
研修講師(理学博士)
この記事は、理系研究職の方のキャリア支援を行うパーソルテンプスタッフ研究開発事業本部(Chall-edge/チャレッジ)がお届けする、実験ノウハウシリーズです。
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